先生の目が行き届く学校 vs. 切磋琢磨できる学校——どちらが子どもの幸せか
■ 一人で縄跳びをする子が、教えてくれたこと
PTAの用件で、不意に次女の小学校を訪れた日のことを、今でもはっきり覚えています。
廊下から体育の授業が見えました。次女のクラスが、グラウンドに出ていました。**全員で7人。**女の子6人と、男の子1人。
みんなが、それぞれ一人で、縄跳びをしていました。
大縄跳びではありません。みんなで息を合わせて「せーの」と跳ぶのでもなく、7人がばらばらに、思い思いのリズムで縄を回しています。
その光景を見た瞬間、胸に何かが引っかかりました。「可哀想」という言葉が、頭をよぎりました。いや、それは正確ではないかもしれない。でも、「**これでいいのだろうか**」という問いが、確かにわき上がってきたのです。
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■ 「満足」と「願い」の間にあるねじれ
私の娘が通っていた小学校は、農村部にあります。少子化の波はとっくに到達していて、全国では**公立小学校全体の約半数**がすでに標準規模(12学級以上)を下回る小規模校になっています。「7人のクラス」は特別な例外ではなく、この国の多くの地域ですでに起きている日常です。愛知県も、その例外ではありません。
後日、地域の保護者の方々にお話を伺いました。返ってきた声は、ある意味予想通りでした。
「人数が少ない方が、先生の目が行き届くからいい」
その声は、本音だと思います。我が子の顔が毎日先生に見えている、名前を呼ばれる、放っておかれない——そのぬくもりは本物です。私も親として、その安心感の価値は痛いほど理解できます。
ただ、あるデータが頭から離れません。小規模校の保護者の約**8割**が現状に「満足」と答えながら、その約**7割**が「本当は1学年2クラス以上の学校が子どもにとって望ましい」と回答しているというものです。現状への満足と、子どもへの願い——その間にある「ねじれ」を、政治は正面から受け止めなければなりません。
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■ 政治家としての、拭えない問い
私には、どうしても消えない問いがあります。
子どもが社会に出たとき、目の前にいるのは「自分をよく知る先生」ではなく、「初めて出会う他者」です。異なる価値観を持つ人、自分とは全く違う背景を持つ人。そういう他者との摩擦の中でこそ、人間は鍛えられ、成長するのではないか——。
**7人のクラスで、誰かと本当に激しく意見が衝突したとき、その子に「逃げ場」はあるのでしょうか。**クラス替えもない。心理的に安全な距離を置ける「別の友人グループ」もない。関係が固定されたまま、何年も同じ7人の中にいる。その息苦しさは、ぬくもりの影に隠れていないでしょうか。
今の小規模校の先生方や子どもたちを批判したいわけでは、断じてありません。しかし政治家として、「このままでいい」と言い続けることもまた、子どもたちへの誠実さに欠けると確信しています。
「適正な規模の集団」には、ぬくもりだけでは代替できない教育的価値があります。競い合う相手がいること。自分とは違う意見にぶつかること。新しい出会いと刺激の中で、自分という人間を鍛え直すこと。これらは**AIには決して担えない、人間社会の中でしか育めない力**です。
だからこそ私は、統廃合も含めた「学校規模の再設計」を、避けて通ってはならない課題と捉えています。
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■ 私が取り組む、3つのこと
1. **地域の子育て世代との対話の場を設ける**
「統廃合」という言葉は、地域にとって歴史や防災拠点を失うことへの恐怖と直結しています。だからこそ、行政が結論を先に押しつけるのではなく、保護者・子育て世代と丁寧に議論を積み重ねるプロセスを、私自身が主導します。
– 地域の声を受け止める対話の場の設計
– 行政と住民が対等に議論できる場づくり
2. **「個の時間」と「集団の時間」を両立する教育モデルを提案する**
少人数であることの利点(個別指導の充実)と、集団であることの利点(多様な他者との社会化)を、1日の学びの中で両立させる「ハイブリッド型」教育モデルを、県として検討・推進するよう働きかけます。**1学年に少なくとも3〜4クラスの多様性の土台を確保すること**を、県全体の教育設計の目標として位置づけるべきです。
– 異学年・異校間の交流プログラムの制度化
– デジタルと対面を組み合わせた集団学習の設計
3. **学校を「教育インフラ」だけでなく「地域インフラ」として再設計する**
学校は単なる学習の場ではなく、地域の絆の結節点であり、防災拠点でもあります。統廃合を進める場合でも、地域コミュニティの機能を代替する施設・仕組みとセットで設計することを条件とすべきです。学校がなくなることで地域の「スポンジ化」が加速しないよう、地域全体を見渡した再設計が不可欠です。
– 廃校後の施設活用と地域機能の継承策
– 学校跡地を核にした地域コミュニティ拠点の整備
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■ 制度だけ整えても、現場が崩れては意味がない
小学校では**2025年度に全学年で35人学級化が完了**しました。一方、中学校については、国や教育現場において早期の35人学級導入に向けた議論や要望が本格化しています。しかし教員の確保、教室の絶対数不足、スクールバス運転手の慢性的な不足——現場には多くの壁が立ちはだかっています。制度の議論を前進させながら、同時に現場を支える環境整備を怠る、という事態だけは、絶対に防がなければなりません。
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■ あの7人の子どもたちへ
あの日、グラウンドで一人一人が縄跳びをしていた7人の子どもたちは、今日も懸命に学んでいます。
その子たちを否定したいのではありません。ただ、彼女たちが将来、もっと豊かな「出会い」と「衝突」の中で自分を磨く機会を持てる教育環境を——私たち大人が次の世代に手渡す責任があると、私は確信しています。
引き続き、地域の子育て世代の皆さんとじかに対話を続けます。**ぜひ、あなたの声をお寄せください。**